躾について(妄想)

釣りバカ親父です。
趣味の釣りを継続するために、ガチで投資を考えています。

本日はパートさんたちと昼飯を食べていました。
何か良く分かりませんが、「スタバvsコメダ」論争に発展していて、
互いの主張をぶつけ合っていました。
興味が無いので内容までは記憶していませんが、
「スタバのバラエティ豊かなドリンクが・・・」
「コメダの絶品スイーツが・・・」
ってな感じでした。
それがいつのまにやら躾の話題に。
この辺の切り替わりは、まことに見事なもんだな~、って関心して
しまいました。
確か昨年に、親ですら子供に対する体罰は禁止する、ってな法律が
出来たと記憶しています。
集団生活をする人間には、必然的にその集団の中で決められたルー
ルを守らなければなりません。
しかし子供には、まだそのルールが何なのかが分かりません。
そのルールを教えることが、「躾」なんじゃないのかな。
口で言っても理解出来ないのであれば、お尻や手を叩く程度のこと
は、誰でもやってきたはず。
「お尻を叩かれたら、どれだけ痛いか」
「ホッペを叩かれたらどれだけ痛いか」
この痛みはルールに反した行動に対する代償であると同時に、痛み
を知る、という経験でもあるんです。
盗みも人殺しもルールに反した行為であり、それ故に裁判で罰せら
れるんですよね。
子供がルールに反した行為を行ったからこそ、親は手を上げるんで
すよね。
何が違うんだろう?
ここからは個人的な妄想なんですが、決定的な違いは
「親が裁判官の役目を果たせていない」
ってことなんじゃないのかな、って考えています。
つまり「躾」ではなく、親の「欲求」や「理想」に反する行為を子
供が行ったから手を上げるケースが、現在の日本に蔓延しているん
じゃないのかな、ってことです。
パートさんたちの話を聞いていても感じたことなんですが、近頃の
親は「理想の子供」という希望なのか願望なのか不明な「目的」を
持っているように思えるんです。
そしてその「理想の子供」に反する行為を子供がやると、手を上げ
てしまう。
これは、単なる親の「エゴ」でしかありません。
しかも厄介なのが、こういう親に限って
「子供のため」
「これも愛情表現」
ってな感じで、自己正当化しちゃうんです。
躾が、いつの間にやら理想の子供と結び付いちゃってるんです。
さすがに、これはちゃうやろ!
親のエゴと社会のルールを同列で考えたらアカンって。
「躾」に関する第一歩は、
「親が習得したルールを子供に教える」
ことです。
子供は親を見て成長します。
親がルールを守った行為をしていれば、自然と子供も見様見真似で
実行するようになります。
それでも子供はルールを理解するには、やはり時間が掛かります。
この時間を短縮する手段として、「手を上げる」という行為がある
ように思います。
但しこの手段は諸刃の剣で、子供に精神的ダメージを負わせるリス
クが存在します。
このリスクを軽減させるためにも、親は子供に対してルールを実行
し続けなければなりません。
これを継続していれば、子供も
「俺が間違ってた!」
っていう気付きを感じ、ダメージまで至らないんです。
子供が物を盗んだりしたら、親として罰を与えればいいんです。
やってはいけないことを子供がやったんだから、手を上げても全然
構わないんじゃないのかな。
現在の日本の風潮の中で、もっとも理解出来ないのが
体罰=虐待
っていう方程式が出来上がっていることなんです。
これは違います!
社会ルールを遵守している親が子供に与える罰と、エゴに偏向した
親が与える罰とは、月とゴキブリくらいの「差」がありますよ。
人間は集団生活を営む動物です。
集団生活を営む以上、必然的に社会が造られます。
これまた必然的に、その社会で生活するためのルールが出来上がっ
ていきます。
そしてこのルールを子供に伝承するのが、親の「役目」でしょ。
人間は一人では生きていけませんから、集団生活を営むんです。
集団生活である以上、対人関係は必須となります。
つまり、
「相手を大切にし、自身も大切にされる」
この経験を積み重ねることだと、勝手に考えているんですけどね。

申し訳ありませんが、私は哲学者でも法律家でもありませんので、
好き勝手に妄想しちゃうんですが、それでもこれだけは正しいの
かも、と思えることがあります↓
「急がば回れ」
性急に子供に教えようとしても、必ず無理が生じてしまい、その
ことで子供にダメージを与えてしまうかもしれません。
このダメージは子供の中で「トラウマ」となり、死ぬまで子供の
心に存在し続けることになります。
こんな状態に子供をするくらいだったら、徹底的に子供の言う事
を聞きましょうよ。
その上でルールに反しているんなら、しっかりと理解させるべき
ですし、繰り返すんなら「手を上げる」も止むを得ないんじゃな
いのかな。
この場合は「罰」を与えているのであって、「虐待」には該当し
ないでしょうしね。
ただね、こんな法律が成立しちゃうほど、今の日本はヘンテコな
方向に向かっている、ってことです。
もはや「虐待」と「体罰」の区別も判断できない国民になっちゃ
たんですかね、日本は?

親のルールは「躾」ではありませんよ。
ルールを守る親の背中こそが「躾」なんですよ。

ちょっと長くなっちゃいましたが、これが私の本音なんです。
子供に対する親の教育と接し方が、子供を成長させるんです。

少し前に、元高官が子供を殺害したって事件がありましたが、
しっかりと子供に「躾」を教えましたか?
子供と向き合ってましたか?
子供の言うことを最後まで聞きましたか?
自身の地位をエゴとして、子供に押し付けてませんでしたか?
そんな子供に育てた責任は親にあるんですよ。

ってことで本日は、最後に気になったこちらの記事を最後と
します↓
相次ぐ無人小売店の閉店、復活のカギは「技術を使った消費体験」
(AFP BB NEWS 2020年1月9日 12:00 配信)

数年前から日本は中国に後れを取っている、って言われて来ま
したが、その結末がこの記事なんです。

しかもその理由が、
「現在の無人小売り店舗は普通のコンビニと比べ、違う点は店員
が少なくなっただけ、その他の面では大して変わらない」
なんだって。
日本の企業は、最もコスト削減しやすい「人件費」にフォーカス
していますよね。
だからこそ、この中国の試みに関心を寄せていたんでしょう。
この結果を、日本企業はどのように解釈するんでしょうかね~?

社員の給料を上げずに、キャッシュフローを蓄え続ける企業さん
たちは。

●●●追伸●●●
親=企業
って考えた場合、どのように感じますか?
親は「エゴ」により子供を虐待し、企業は「エゴ」により社員を
虐待しているとは思えませんか?
親には「罰則」で法律を定めているのに、企業には「罰則」が無い
って、不平等だと思いませんか?

消費税を増税してんのに、何で法人税は減税なの?

そろそろ
「ふざけんな~!」
って狼煙を、国民が挙げても良い時期かもしれません。
posted by とんくん at 01:03Comment(0)日記