指導者も「母性」を持つべきなんじゃない!

釣りバカ親父です。
趣味の釣りを継続するために、ガチで投資を考えています。

本日も帰宅時にスーパーにお買い物です。
ってことで、「晩飯何にしようかな~」って歩いていたら、目の前
の女の子が、いきなり足を滑らせたかのように後ろに転倒。
「後頭部を打ったらヤバイ!」
ってことで、私も思わず手を出そうとしたんですが、しりもちだけ
で済みました。
お母さんが
「気を付けなさい!」
って言ってたんですけどね。
人間工学から考えると、人間の歩行は踵から地面に付けて前に重心
移動しつつ、つま先で重心をさらに前に移動させる、って記憶して
います。
ってことは、後ろ向きに倒れるんですから、踵が前に滑ったことに
なるんです。
滑る=摩擦係数が低い
ってことでしょ。
私も、他の子供が滑るかもしれないと思い、女の子が転んだ周辺を
調べたんですが、摩擦係数が低い箇所なんか無いんです。
ってことは、あの女の子が履いていた「靴」の摩擦係数が低いのか、
歩き方が悪いのか(重心移動のアンバランス)・・・。
でもその後のこの女の子の歩き方は、至って普通なんですよね。
「靴」が原因だったら、もっと何回も滑るはずですし・・・。
「靴」の極一部だけが滑り易いんでしょうか?
何で転んだのか、不思議でなりません。

本日はこれのみです↓
安田顕主演『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』は正直キツいけど最後まで観た人の”お守り”になり得る映画だった
(キャリコネニュース 2019.2.19  配信)

この記事を読んで、私も久しぶりに「母」とか「母性」というもの
を再認識しました。

我々は、必ず「母」から生まれます。
そして「母」とは、元々は「女性」なんです。
しかし、明らかに「女性」と「母」とは違うんです。
何で???
こんなん当然のことなんですが、「母性」の有無でしょ。

ここからは本当に小さな、個人的な経験のみで妄想します。

死んだお袋によく聞かされたことなんですが、
①お袋の体内にいたときの私の話
②赤ちゃん時代の私の話
③幼稚園~高校時代までの私の話
④社会人となった以降の私の話
ってな順序で、会う度に聞かされました。
そして④の話になると、何故か泣くんです。
お袋が生きてる間は、
「そんなに先行き不安な我が子やったんけ!」
とか思いましたが、今から思えば①~④の流れから、必然的に出て
来たものだと、理解出来るんです。
父親は②以降でしか、我が子と接することは出来ません。
しかし、「母」には①が存在するんです。
これこそが、「母性」を生み出す「根源」なんじゃないのかな。
つまり「母性」こそが、
「人を生み、育て、養い、教える」
ことになるんです。
世界中に「偉大なる方々」は存在しますが、この「偉大なる方々」
を生み出した方々こそが、「母性」なんだと思うんです。
アインシュタインもニュートンも野口英世も湯川秀樹も、誰もが
「母」から生まれて来て、「母」自身が持つ全てを注力して育てら
れた、ってことなんです。
つまりね、「母性」を持たない「母」に育てられた人間が、大業を
成し遂げられるんでしょうか?ってこと。

①の状況においても、「母性」が芽生えない女性。
①よりも自身を最重要視する女性。
だから「子孫繁栄」よりも、「自己優先」の道を選択する女性が
増えたんじゃないのかな?

ここまで来ると、暴想なのは承知の上で申し上げますが、
「女性が本来持つべき本能の欠如」
が、現代社会に蔓延してるんじゃないの?
つまりは、この一言↓
「女性は弱いが、母は強い!」
ってこと。

「母」は我が子を生み・育ててくれた「神」のような存在でしょ。
その「我が子」に健康というものを与えて行きます。
そして「我が子」の健康のために、「母」は文明を生み出して行き
ます。
この「文明」を元に我が子は、さらなる文明を築き上げて行くん
です。

結論は、「女性の男性化」が進行してるんじゃない?ってこと。

●●●追伸●●●
偉大なる方々の「母」って、決して表舞台には登場しません。
しかしその「母性」が存在しなければ、偉大なる方々もこの世には
存在しないんです。

「母」とは、決して表に出て来ない「指導者」なんです!
実は、「母」とは「真」の指導者とも言える、とも考えられるんで
すよね。

天皇陛下は男性ですが、我々国民のことを第一に願っておられます。
①を男性が経験することは出来ませんが、それに極力近いものを会
得することは、不可能では無いと想うんです。

ってことは、少なくとも指導者は↓
「母性を持たんかい!」
ってことになりませんかね。

企業も同じですよ!

この記事へのコメント